Firelessmoon

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2006/12/24(Sun)

クリスマスには恋愛小説だよね! (第死回)(22:15:00)

 先輩は可愛い。
 外見のことじゃない。というのは別に外見が整っていないからこういう訳ではなくて、むしろ外見は整っている。先輩は綺麗な人だ。けど、可愛いというのはそういう話じゃない。
 性格的な面に関して、可愛い。そう思う。
 先輩は俺よりも二つ年上だ。俺が十五だから先輩は十七っていうことになる。その年上であるところの先輩に対して、性格が可愛いなんて言うのはもしかしたらちょっと失礼かもしれない。
「あ、暁人君。おはよ」
 ふと声を掛けられて振り向く。
 先輩だった。俺よりもちょっと背は低い。ちょっと癖のあるロングヘアーが綺麗だと思う。
 その先輩がちょっと気恥ずかしそうに俺に挨拶をする。
「ん? どしたの?」
「あー、っと何でもないです。おはようございます、先輩」
 いけないいけない。ちょっと見蕩れていた。
 倉坂遥子先輩。俺の通う中学の卒業生で、俺が中学一年のとき、中学三年生だった。今十五の俺は中学三年、先輩は高校二年。
 当然、通っている学校も違う。でもこうやって朝挨拶を交わすのは、俺と先輩がお互いに近所に住んでいるからとかじゃなくて、こうやって毎朝待ち合わせをしているから。
 俺は中学まで、先輩は高校へ向かう電車の出る駅まで。その道が途中まで一緒で「せっかくだから途中まででも一緒に登校しよう」先輩が言ったことに始まる。
 俺にとっては憧れの先輩と毎朝一緒に歩けるだなんてこれ以上ないくらいの幸せなんだけど、どうして先輩がそんなことを言い出したのかは、実は未だによく分からない。
「今日は暁人君、ちょっと黄昏クン?」
「え、いえ。そんなことはないですけど。っていうか、黄昏君ってどんなですか」
 疑問系のつもりではなかったのだけど、先輩は律儀にも説明してくれる。
「んー、物憂げに考え事してるときの、雰囲気とかそういうのっていうのかなぁ。なんとなく、黄昏れてるなぁっていう感じの」
「そのまんまですね……っていうか、そういうふうに……見えます?」
「うん、何か悩み多き年頃って感じ。私の妹がね、よくそんな顔するのよね」
「いやまぁ、年頃は年頃なんですが」
「……それもそうか」
 それで先輩は納得したみたいだった。それからは本当に取り留めのない話。昨日のドラマがどうとか、学校でこんなことあった、あんなことあった、とか……。
 でも俺はそんな何気ない会話が楽しかったし、先輩も楽しそうで、そんな楽しそうな先輩を見て、幸せに思うんだ。
 今日も先輩の微笑む横顔を見ながら、学校までの道を歩いていく。

***

 その先輩が今、俺の部屋にいる。

『明日の朝まで一緒にいよう。今日は、パーティ』
 ……朝、いつものようにお互いの学校に向けて別れる間際、先輩がこんなことを言った。しばらくその意味が分からなかった。思考が全く働かなかったから。
 授業も上の空で、何しに学校へ行ったのかも分からないような状態で。
 放課後になって、メールが届く。送信者は先輩。『いつもの場所で』の七文字。
 いつもの場所、俺と先輩が朝待ち合わせをする所。
 俺が行くとそこにはもう先輩がいた。
 先輩の方が授業の時間は長いはずだし、電車に乗っている時間を考えても、まず先輩の方が早くそこに着くのは不自然だ。だけどそのときの俺はそこまで頭が働かなかった。
 一緒に街を歩いて、一緒に夕食を食べて──

 ──そして今に至る。
 辺りはすっかり夜だ。それから、俺は一人暮らししている。どういう訳だか、電気もつけていない。
 つまりこれはその、えーと……夜、憧れの人と二人っきりという状況な訳で……頭の中が真っ白に染め上げられたような感覚。
 まるで思考がまとまらない。熱に浮かされたように先輩の顔に見入るばかりで、他に何もできないし考えられなくなっている。
「暁人君、どうしたの?」
 先輩は微笑んで俺の顔を見る。何だかとても落ち着いて見える。挑発してるようにも見える。
 だけど、それで気付いた。
「先輩、もしかして緊張してます?」
「……分かっちゃった?」
 舌をペロ、と出してバツが悪そうに笑う。
 やっぱりそうだ。
 落ち着いて見えたのは、そういうふうに努めていたから。挑発してるように見えたのは自分の自制が効かなくなるより先に俺の自制を崩したかったから。
 ん? でも待てよ、それって……。
 その答えに行き着くよりも早く、先輩が口を開く。
「勢いで押し倒してくれれば良かったのに」
 諦めたようにそう言う中に咎めるようなニュアンスを見つけ、思わず言い訳するように口の端から言葉は滑る。
 多分これも良くなかった。でもそんなことを冗談めかして言う先輩も先輩だと思う。
「そんな勇気ないですよ、俺は」
 お互いに苦笑して顔を見合わせる。
「あーあ、もうそんな雰囲気でもなくなっちゃったしね」
 全くそう。俺も台無しだと思う。だけど緊張が解れて少し楽になったかもしれない。残念でないと言えばそれは嘘になるだろう。でもほっと安堵している俺がいるのもやっぱり本当なんだ。
「どうします?」
「これから帰るのもね、寂しいじゃない」
「……そうですね」
 暗がりの中で微笑む先輩の顔はずるい。緊張は解けた。でも心臓の鼓動は収まらない。そんなことを言われたら意識しない訳にはいかない。普段と違うんだっていうことを。
「あ、照れた。可愛いなぁ、暁人君は」
「からかわないでくださいよ」
「ゴメンゴメン……えーとそれで、せっかくだから泊まってくね。元々そのつもり……だったし」
 そこで会話が途切れてしまう。
 しばしの沈黙。鼓動の音だけが耳に響く。だけど、それでいて落ち着くような。浮ついた感じなのに、どうしてだか安心できる。
 先輩は不思議だ。
 俺より年上で、だから当然大人で、考えもしっかりしているしとても敵わないと思うのに、なのに何故だか分からないけどときどきとても弱く見えるんだ。頼りなげに見えるんだ。
 そっと先輩が寄りかかってくる。落ち着いているように見えた先輩だけど、やっぱり今は少し震えているような気がする。
「一緒に寝ようか」
「……でも、俺きっと何もできませんよ」
「いいよそれでも。一緒に寝るだけでもきっと幸せだと思うから」
 こっちを向いて微笑む先輩。先輩は可愛い。俺はちょっとだけ勇気を出す。
 先輩の顔。先輩の眼。じっと見つめる。
 ……先輩の唇。
 瞳を閉じる。先輩が先か、俺が先か。分からない。どっちでもいい。
 そして俺は先輩にそっとキスを。
 それが俺にとって生まれて初めてのキスだった。

 翌日、先輩はトラックに轢かれて死んだ。

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